二つの放棄 「相続放棄」と「遺留分放棄」
ここでは、相続に関連する二つの放棄「相続放棄」と「遺留分放棄」、こちらについて、女性弁護士アンさんにお話を聞いていきたいと思います。
梶時系列から言うと「遺留分放棄」と「相続放棄」とした方が良いのかもしれませんが、まずは一般的にポピュラーな相続放棄について、お尋ねしたいと思います。
弁護士アンわかりました。似て非なる二つの放棄ですが、まず相続放棄をすると,被相続人に借金がある場合、これを引き継ぐ必要がなくなります。もちろん,プラスの財産も継げませんけれど。また、手続きとしては、相続が発生してから,家庭裁判所に相続放棄の申述をして,最初から相続人でなかったことにしてもらうものです。
梶なるほど。税務上では、相続放棄をされても、基礎控除の計算などに使用する法定相続人の数では、相続の放棄があった場合でも、その放棄が無かったものとした場合の相続人の数、とされています。ところで、確か相続放棄を申述するのは、3ヶ月以内でしたね?いわゆる熟慮期間の話ですが。
弁護士アンはい、その通りです。ただ、注意すべきは、熟慮期間は、亡くなった日から3ヶ月以内ではなく、自己のために相続の開始があったことを知ったときから3ヶ月以内、と法律的には難しい表現になります。
梶なるほど。その点は、税務上の考え方と同じですね。相続税の申告期限も、その相続の開始があったことを知った日の翌日から10ヶ月以内、っとなっています。この相続放棄するか否かの熟慮期間、事情によれば、これも3ヶ月以内に申し立てると延長してもらうことも可能なんですよね?
弁護士アンはい、よくご存知ですね。やはり、多数の債務がある場合や、被相続人の債務状況について何ら知らされていなかった場合などには、調べても3ヶ月では短すぎるケースがあります。そんな時は、相続放棄の申述期間と同じく3ヶ月以内に裁判所に伸長の申立を行って伸ばしてもらうことができます。
梶あと、自己のために相続の開始があったことを知ったとき、この考え方なのですが、以前、この「とき」について少々問題となった案件に携わったことがありました。この点 はどうですか?
弁護士アンえ?そんなピンポイントを話題にされるんですね(笑)。では、お話ししますと、まず、相続開始の原因となる事実、まぁ、簡単に言うと被相続人の死亡ですね、これを知り、かつ、これにより自己が法律上相続人となった事実を知ったとき、この2つの要件が、お尋ねになった「とき」と、ひとまず言うことができると思います。
梶でも・・・、死に目に会えれば瞬間的に亡くなった事実は知ることができるとして、親が亡くなったときに自分は相続人だ、なんて意識する人はいませんよね?
弁護士アンおっしゃる通りですね(笑)。多くの場合は、被相続人の死亡を知った時から3ヶ月以内という理解でよいかと思います。しかし、そうでもないケースもあるんです。
梶あ、そうなんですか?それはレアケースなのかもしれませんが、もう少しお話しを聞かせて頂いてもいいですか?
弁護士アンでは、もう1つ別の例で、自分にとっての兄が亡くなった場合です。通常、相続人は誰になりますか?
梶まずは、兄の奥さん。そして、その子供ですね。
弁護士アンそして、この方々が相続放棄すると?
梶次は・・・、兄の両親、つまり「自分」の両親が相続人になりますね。
弁護士アンはい。そこで、ご両親が二人ともご健在で相続放棄をすると・・・。
梶え〜、あぁ、そういうケース、以前にありましたよ。「自分」が相続人になりますね。
弁護士アンはい。でも、相続人がそんな風に決まる、なんて知らない人もいると思います。
梶確かに。我々も、仕事上で知っているだけで。
弁護士アンつまり、ここで言う「とき」とは、「自分」の兄が亡くなったことを知り、かつ「自分」の両親までもが兄の相続について相続放棄をしたため「自分」が法律上相続人になる、と知ったとき、ということになります。
梶なるほど。そうすると、「自分」が法律上相続人になる、と知ったときから3ヶ月以内であれば、兄が亡くなってから3ヶ月が過ぎていても、相続放棄が認められるケースがある訳ですね。
弁護士アンそうなんです。
梶では、亡くなってから3ヶ月が過ぎ、かつ、この知った「とき」からも3ヶ月が過ぎれば、この場合はもう相続放棄が認められた例はないんですか?
弁護士アンいいえ。その場合でも認められた例はあります。亡くなった方には全く財産が無かったと信じていたため、先程の知った「とき」から3ヶ月以内に相続放棄をしなかったケースです。
梶へぇ〜、そんな例があったんですね。
弁護士アンそうなんです。ただ、この場合には、他にも理由があったので相続放棄が認められたんです。ちょっと長くなりますが我慢して聞いてくださいね(笑)。
梶ちょっと座り直して、しっかり聞きます(笑)。
弁護士アン他にもあった理由とは、亡くなった方の生活歴とか、亡くなった方と相続人との交際状態、その他の様々な状況を考えてみても、亡くなった方に財産があったかどうか調べることが、その相続人には著しく困難な事情があったからなんです。更に、亡くなった方には財産がなかったと、その相続人が信じる相当な理由があった、こういう理由があったので、亡くなった方に財産があったとその相続人が認識したとき又は通常そのように認識するべきときから3ヶ月が、相続放棄の熟慮期間と認められました。あくまで事例なので、常にそうなる訳ではないですが。
梶事例を聞いて、非常に良い勉強をさせて頂きました。では、逆にと言いますか、普通に相続する場合、つまり相続を承認する場合は、特に何も手続きはいらない、という認識でいますが。
弁護士アンそうですね。法定単純承認というものです。仰った何も手続きせず相続放棄の申述期間を経過した場合や、遺産の一部を処分してしまった等の場合には、相続の承認をしたとみなされる、つまり相続放棄ができなくなります。
梶あ、その話はよく聞きますね。特に、遺産を処分してしまったケース。亡くなった父の債務を返済しようと、自宅の売却をして弁済したけど、弁済仕切れず自分の財産をも取り崩して債務を弁済した、などと。それだったら、被相続人の財産には一切手をつけず、粛々と相続放棄の手続きをとれば良かった、などというハナシですが。
弁護士アンですから,もしかして相続放棄が必要かもしれないときには,慎重にかつ迅速に対応して欲しいと思います。そして,相続放棄をするか否かを判断するためには,被相続人に借金があったのかという情報が非常に重要。でも,死に際に借金の話はできないでしょうから,何かしら相続人に伝わるようにできると良いですね。大きな債務の保証をしているなら,できれば,相続人には継がせたくないものです。
梶なるほど。できれば、相続放棄という手段を取らずに相続したいものですね(笑)。では,遺留分の放棄に話を進めて行きたいと思いますが。
弁護士アンこちらは、実は相続放棄に比べればあまり使われていない制度です。H25のデータになりますが、最高裁判所のホームページによれば、遺留分放棄の件数は相続放棄の145分の1程度です。そして、相続放棄が、相続が発生してから行う手続きであるのに対し、遺留分放棄は、相続が発生する「前」に家庭裁判所の許可を得て遺留分を放棄する手続きです。
梶そのレアにスポットを当ててしまい申し訳ないんですが。まず、遺留分というものについて、少しコメントを頂けますか?
弁護士アンわかりました。そもそも遺留分とは,被相続人の財産の中で,法律上その取得が一定の相続人に留保されているもの,つまり,被相続人による自由な処分によっても侵害されない取り分です。
梶ん?ん?ん?もう少し噛み砕いてご説明いただけますか?
弁護士アン例えば,父が長男に全部相続させる!と遺言を残しても,二男が「俺には遺留分がある!だから、もらえなかった分をくれ!」と遺留分減殺請求権を行使すれば,二男が主張する「もらえなかった分」、つまり遺留分を侵害する限度で、長男は二男に財産を渡すか,お金を渡すかしなければならず,単純に独り占めすることはできなくなるんです。
梶うんうん。それなら分かります。
弁護士アンでも,代々の土地は全部長男に相続させたいのに,二男に遺留分を行使されては,「たわけ」になるかもしれない。そう考えたときに登場するのが,遺留分の放棄です。 遺留分の放棄は,家庭裁判所が,本当に本人の真意で放棄しようとしているのか,その合理性や必要性があるのか,遺留分の放棄の代償を受けたかなどの事情から,許可するか否かを判断します。
梶なるほど。裁判所は、その放棄をする人の身になって、本当にそう思ったんですか?と確認してくれるんですね。
弁護士アン代々の土地を守りたいお父さんにとっては有り難い制度かもしれませんが,放棄して?と頼まれた二男にとっては,従う義務はないとしても、なかなか辛いものです。 遺留分を放棄してもらうより,遺留分を確保してあげる方法を考えた方が,家庭の円満は保ちやすいのではないでしょうか。
梶そうですね。どうやって皆が納得する方法を採れるか、そこですよね。
弁護士アンなお,遺留分の放棄はあくまで遺留分を放棄するだけなので,相続人であることには変わりません。つまり、遺産分割協議を経て遺産を取得することもできますし、仮に債務があるのでしたら、相続放棄しない限り債務だって相続してしまいます。遺言とセットで利用することで目的が果たされる、とも言えると思います。
梶確かに。そこはキッチリと理解しておく必要がありますね。